家族みんなでテレビを見ない時代

現在では一台のテレビのチャンネルを争って親兄弟を含めて全員で壮絶なチャンネル争いをすることはなくなっています。
テレビが世に出始めたころは、テレビのある家に他の家族が押し入って、まるで映画館で映画を見るかのように大勢で1つの番組を見たものです。

時代は進み、テレビは一家に一台になりました。
そこで壮絶なチャンネル争いが起こりましたが、家族全員でテレビの前に集まり一緒にテレビを見るという家族団らんのツールになっていました。

そして、さらに時代は進みまして、一人一台の時代となりました。
見たい番組があれば、自室において一人で見て一人で笑う、家族全員で同じ番組を見て楽しみあうという家族団らんのツールであったテレビは次第に、家族を孤立させるツールとなっているのです。

最終的にはテレビを見ないという家族も増えています。
パソコンにより、違法な手段で入手することのできるテレビ番組を、自分の見たいときに見ることができるようになりました。

さらに良質な、人々をひきつけてやまなかったテレビ番組の質も下がっており、テレビを見ないという人口も増えています。
これは様々な規制により、以前のように危険で刺激的な番組を作ることができなくなっていて、余計な問題を起こさないようにテレビ番組は刺激的なものから、刺激がまったくない、似たような番組ばかりになっている現状もあります。

芸能人がひな壇に並び、ワイワイガヤガヤと身内のネタで盛り上がっていても、それで視聴者の共感を得ることができ、笑いを共有することができるのかというと、無理ではないでしょうか。
結局のところ、自分には全く関係ない世界の人々が、どのチャンネルでも同じようなことをしているのですから、初めのうちは刺激があっても、刺激に慣れてしまえば、ただやかましいだけです。

情報共有化社会の弊害

以前ですと、進学を機に隣の席になった者同士で仲良くなり、次第に友人の輪を広げていくのが当たり前でした。
しかし。現在では情報共有化により特定のSNSに登録していなければ、コミュニティに入ることもできません。

SNS上で話しかけるのは、知らない者に話しかけることより、難易度は低くなりますが、そのような難易度が下がりますと人間同士の繋がりもすぐに切れてしまいます。

家族は最初で最後のコミュニティ

家族は血縁で繋がったコミュニティです。
このコミュニティは、切ることができませんし、他のコミュニティから排除されても家族だけは排除されない、最後の砦となります。

せめて、家族団らんの最中だけは、他者の目を気にすることなく、家族だけのことだけを考えて、過ごすようにするべきなのではないでしょうか。
食事中は携帯電話を見ないとか、そういう簡単なマナーを設けるだけで十分なのですから。

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