SNS時代が加速する現代のコミュニケーションとは

SNS(ソーシャルネットワークサービス)は便利なツールです。
知らない人物と繋がった気になれますので、友達が何人もできた気になりますし、それで孤独感を和らげることもできます。

しかし、あまりにもSNSは便利ですから、それにばかり頼っていますと、実際に信用に足ることのできる人物が果たして自分の手元に何人いるのかがまったくわからなくなります。
実際に話して広げた人脈は、いざという時は役に立ちますが、顔を見ることなく作った人脈ほど信頼に値しないものはありません。

SNSは便利ですし、重たい関係になりませんので、嫌いな相手は切り捨てればいいのです。
名前を削除するだけで、ブロックをするだけで、その嫌いな相手との関係をすべて清算することができます。

また、SNSでのやり取りは文章ですから相手の真意がわからず、和やかな会話をしているから和やかに応じたら、対応がフランクすぎると文句を言われることがあります。
それ故に距離感がまったくわからなくなり、取引相手の場合ですと、相手にするだけで精神的に参ってしまうということもあります。

繋がりが面倒くさいことになる

繋がりが面倒くさいことになっています。
SNS上で面識がなければ、実際に会って話すことが現在はできないということです。

コンタクトをするのが以前よりは楽になりました。
情報共有も簡単になりましたので、大勢の方に同じ情報を与えることが容易になりましたが、この情報共有の輪の中に入っていなければ、些細な情報ですら共有することができなくなっています。

また、文章から自分が知らない情報を相手が持っていて、それが自分を含めない者同士で共有しているという可能性があるのではという疑念が、ある程度の読解力があると推測してしまいます。
このような言い回しをしていることは、この連中は自分が知らない情報を共有しているな、という具合にマイナスの方向に読み取ることもできてしまいますので、文章の書き方ですら気を使わなければいけません。

自分だけ疎外されている可能性を考えてしまいますと、周りの全員に自分にだけ情報が開かされていませんか? と聞くこともできません。
わざわざ疎外されているのに、そのようなコミュニティで仲良く接することは難しくなります。

人間は隠し事をされてしまったり、嘘をつかれてしまったり、自分だけ疎外されている可能性を感じてしまったりしますと、そのようなことをする相手を真に信じることができません。
ビジネス相手の場合ですと、円滑な取引ができなくなるうえに、余計な疑心暗鬼を生む可能性だってあります。

現在の学生はSNS依存症

SNSがなければ現在の学生はコミュニティに入ることすらできないようです。
何かしらのコミュニティに所属した場合はSNSを経由しなければ、目の前にいるのに仲良く話すことができなくなっています。

簡単にできた友情なんて簡単に消滅してしまうのですから、一概にSNSは便利であるとはいえません。
人間は実際に話して、相手が真に頼ることのできる、腹を割って話すことのできる相手なのかを見極めませんと、信じるに足る相手を見つけることはできまないのです。

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