少年犯罪、無縁社会、これら全ての原因とされているのが人間関係の希薄化です。
人間関係の希薄化は昭和を生きた人間が一番感じていることだと思います。
対して、平成しか知らない人達からしたら「人間関係の希薄化?そんなもの感じないけど」と思う人もいるでしょう。
今を生きている若者には昔のことは資料でしか知ることが出来ないので、団塊世代が嘆く「昔は良かった・・・」という言葉は理解できなくて当たり前だと思います。
たとえば、サザエさんの時代は「お醤油切れちゃったからお隣で借りてこよう」の時代です。
今は「お醤油切れちゃったから買ってこよう」の時代ですね。
昔はこれも近所付き合いの一つでした。
今はそういう付き合いをしたくないというわけではなく、24時間開いているお店があるから借りる必要がなくなったんです。
良し悪しは別として、「人間関係の希薄化=便利な生活になった」ってことなんでしょう。
便利であることや機能的なことを求めれば、より効率を求める世界になり、機械化していきます。
そうすれば必然的に人間関係のつながりも少なくなります。
わざわざ助け合う必要がなくなるんですから当然のことですね。
今、コミュニティはインターネットの中にたくさんありますが、昔は近所が主なコミュニティでした。
人との付き合いもそこまで広くはなく、ある意味、狭い世界で生きていたんだと思います。
しかし、狭い世界でいることは付き合いも深くなり、仲間意識を高めて結束力も強くなります。
その反面で相性の問題もありますから、良い付き合いばかりではなかったのも確かですが・・・。
ただ、いまの人間関係の希薄化を嘆いている人達だって、昔は当たり前にしていたことが煩わしくなって、面倒なことを切り捨ててきたなんてことあるんじゃないでしょうか?
そうすることで今の便利な生活にシフトして、今の時代を生きているはずです。
また、テレビニュースも希薄化の原因じゃないかという見方が出来ます。
最近の若者には親殺しの事件が多くなったように見えますが、統計的には親殺しは昔の方が事件数が多かったようです。
でも、今のほうが多いという感覚になってしまうのは何故でしょう。
テレビもない時代は親殺しの事件を知る由もありませんでした。
対して今は、なんでもニュースで取り上げられます。
連日連夜、残酷なニュースが続くことも珍しくはありません。
そういった情報過多が、子供を育てる親の恐怖をあおり他人との接触を避けるように指導することにも繋がっています。
子供の危険を回避したいというのは間違いなく愛情ですが、親の目があると思うと、そこら辺にいる子供に何気なく話しかけることも難しくなっています。
ただ、2011年の大震災を例に挙げてみると、何もなくなってしまった土地ではいろんな人が協力して助け合っていました。
人間関係が希薄化したという今でさえ、日本では助け合いの精神が生きているんです。
犯罪に巻き込まれるとしたら、他人との関わりが原因になるかもしれませんが、いざという時に助けてくれるのも他人だということです。
個人主義の生活を少し見返して、隣近所との交流を持つだけで、いま懸念されている「つながりの希薄化」は解消されるのかもしれません。

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